5.「でね、友達のお父さんが亡くなっちゃったんです」
客待ちのレジの中で、唐揚げを補充しながら
可乃子はキューちゃんの話を聞いていた。
「仕送りとかもストップしちゃって、学費とかももう大変で、
大学やめなきゃいけないかなって」
「そりゃたいへんだね」
チーズ味の唐揚げ、むちむちしておいしい。
可乃子はさっきからそればっかり考えている。
その友達の話。たいへんだとは思うけれど、
だからってそれ以上のコメントも特にない。
それに可乃子が聞いていようが聞いていまいが、
たぶんキューちゃんは関係なく話し続けるだろうから、
別にこんな感じでいいよな。
人は自分が話したいから話すのだ。
相手の意見を求めているのはたぶんそのうち二割くらい。
あとは自分の都合だと可乃子は冷めた心でそう思う。
こんなに仲の良いキューちゃんであっても、それは同じことだ。
でも、てらちゃんと出会って、一瞬でも夫婦になって、健士を産んで・・
あの頃、自分はそんなふうには思ってはいなかった。
てらちゃんのせいでこんなになっちゃったんだ、あたしは。
可乃子はため息が出そうになって、唐揚げの香りを鼻を広げて吸い込んだ。
「話したいから話す」までは同じだが、そこに相手の、
可乃子にとってはてらちゃんの相槌が絶対に必要だった。
二割どころじゃない。
ほぼまるごと、てらちゃんがどう思っているのか知りたかった。
心の中全部知りたかった。
「あ、いらっしゃいませ」
その時、キューちゃんの声が可乃子の思考にわりこんできた。
キューちゃんが慌ててレジに向かったので、
可乃子もしかたなくのろのろと隣のレジに立った。
キューちゃんのレジは、新発売のコンビニスイーツを
嬉しそうに話しながら買い求めるカップルだった。
可乃子が顔を上げると、自分のレジの前に立つ男と目があった。
「あ、れ?まっちん?」
「おす」
「え、どしたん。めっちゃ久しぶりやん」
「元気してたか?」
まん丸い顔が人懐っこそうに笑いかけてくる。まっちん変わってない。
てらちゃんの家を飛び出した時、なぜだか私、まっちんにだけ電話をかけた。
まっちんにさえ消息を知らせていれば、針孔を通り抜けた細い糸のように、
てらちゃんに届くんだって、
そのためにまっちんを利用しているような、
少しずるい気持ちもあった。
十年の間、時々、メールした。
まっちんにだけ自分が生きているって伝えた。
返事が来ることはなかったけれど。
だからそのまっちんが目の前にいるなんて信じられなかった。
「このあと、ちょい時間ある?仕事、何時まで?」
「八時まで」
「じゃ、その頃もう一回来るわ」
「あ、そ。うん、わかった」
可乃子がそう返事すると、まっちんはじゃあと手をあげて
コンビニから出て行った。
「誰ですか?」
キューちゃんが聞いてきた。
「ん、幼馴染」
「へぇ」
「ずっと会ってなかったからすごく懐かしい」
「ずっとってどれくらい?」
「ン・・・十年とか、かな」
「・・・十年?。・・・なんで来たんかな」
「へ?」
「だってそんなに長いこと会ってなかったんでしょ。それなのになんで会いに来たんかなって思って」
「なんでやろ」
「やばくないすか?」
「やばい?」
「お金とか絶対貸したらだめですよ」
キューちゃんが頬を引き締めて注意してくる。
「貸すお金なんてないよ」
「お金なんて天下のまわりものです。銀行に行ったらいくらでもあります」
「人のお金がね」
知った風な言葉を交わしながら、可乃子はへらへら笑うことにした。
キューちゃんの言う通り、今更自分に会いに来るなんて
なにか理由があるのだろう。
なんだ?まっちんと私の間にあるものってったら、
てらちゃん関係しかないやん。
うわ・・・怯んじゃうな。
可乃子はさっきまでの懐かしい気持ちが急速にしぼんでいくのを感じて、
小さくため息をついた。