枝豆とカルピス 13

オリジナル小説

13.

(なんであんな見知らん女と一緒に暮らすことになったんか

わけがわからん。)

健士は久しぶりに登校した高校の教室で、コンビニの紅鮭おにぎりをほおばっていた。

親父が死んでからコンビニ食をよく口にするようになったが、

おにぎりはとにかくうまい。

米から、包んである具から、素材は吟味されているし、握る力加減も絶妙で、口に入れたときに柔らかくほどける。

飯粒がたっている。

海苔はぱりぱりで香ばしい。

(うまいよなぁ、コンビニ飯も。

まあ、浅野さんの弁当にはかなわないけど)

「お前、どうしてたん、ずっと学校休んでよ」

父親の訃報を知ってはいるが、それにしては

健士の休みが長かったので

連れの康孝は怪訝そうだ。

「どうもこうも、別になんも」

健士は今の状況をいちいち話すのも

面倒なので、それだけ言って口をつぐんだ。

「キヨラが毎日クラスに来て、

バンドの練習せんとあかんてうるさかったぞ」

「ふーん」

康孝の言葉に適当に返事をしていると、

そのキヨラが教室に入ってきた。

校則では一応禁じられているのではなかったか。

キヨラの色の抜けたふわふわパーマは

ヘアバンドでがっちりまとめられている。

綺麗な広い額に凛々しく波打つ眉は

ゲジッっていて、いまだ整えられることを

知らない。

「おめ、やっと来たか、けんしぃぃ」

健士の首にからまりつくように長い腕を回してきた。

キヨラは、健士がギター、康孝がベースのスリーピースバンドのドラム兼ボーカルだ。

いつも練習、練習と健士を追い回すけれど、

ものすごく飽きっぽい。

一曲一曲を大事にするということはなく、

出来上がった途端飽きてしまう。

せっかく健士が歌を書いても、込められた情感を知ろうともしない。

詩を味わおうとしないのだ。

自分の中からほとばしり出た感情が

無下に捨て去られるのを何度見たことだろう。

健士はキヨラとバンドを組んだことを今では

後悔すらしていた。

ただ歌がそこそこうまいだけでは、

真のボーカリストとは言えないと思う。

歌はただ声を出せば歌えるというものではないだろう?

健士は自分の歌を昇華させてくれるボーカルを求めていた。

いつか解散してやる!

と憤る日もないことはないが、

自分たちはどうせ田舎の高校生バンドだし、

別に高みに上ろうとも思ってはいないじゃないか、とあきらめ半分でもある。

三人で演奏するのはものすごく楽しいし、

まあそれはそれでいいんじゃないかと思う日が大半だといっていい。

(でもさもうちょっと俺の気持ちわかってくれへんかなあ、お前のこと大好きやねんけど)

キヨラの顔をじっと見つめると、

キヨラが「なんね?」とすっからかんの笑顔で笑った。

その顔を見たらなんだかどうでもよくなって、

健士もふにゃけて「別に」と返すのだった。

放課後の練習を断って、健士は家に帰ることにした。

康孝は用があると言って、電車で反対方向に

乗って行ってしまった。

仕方がないので気乗りはしなかったが、

なんとなくキヨラと一緒に電車に揺られていた。

キヨラはさっきまで練習しようぜとしつこく

言っていたが、

それがどうしても叶わないとわかると、

今度は暇だから健士の家に一緒に行くと

言い始めた。

能天気なキヨラの顔を見ていると、

断るのも面倒になり、

そのままついてくるのに任せて、

健士は家への道を歩いていた。

家に帰ればまたあの見知らぬ女がいるのだろう。

いつまでも背を向けていては歩み寄れないが、

はたして歩み寄らなくてはならないのだろうか。

ま、親子だからな、と思ってはみるが、

この状況はなかば強制だ。

自分の本物の母親であると浅野兄弟が言うのだからそれは真実には違いないのだろうが。

あの女を見た時、不思議なことに恨みがましい気持ちは湧いてはこなかった。

ずっと昔にいつのまにか失くして、

そのまま忘れてしまった玩具が見つかったのに似ている。

何を聞いても「ふうん、そっか」

と思うだけで、

いつかの過去にこの母の手に触れていたのだろうかと、微かな感情がぽっと浮かんでは

すぐ消えた。

この感情は愛情に飢えていなかったからこそのものだ。

健士は思う。

(自分にはじいちゃんもばあちゃんもいた。

父さんもいてくれた。

なによりも信美がそばにいてくれた。

不安になって振り向けばいつも信美は笑って

くれたし、泣いたら涙をふいてくれた。

自分は信美の飯で腹を満たして育った。)

(今日は浅野さんの弁当、なかった、よな。

毎朝、きっちりカウンターの上にあったのに。

新しい母ちゃんが来たからか?

もうないのか?あのうまい弁当、

もう、食えないのか)

そんなことを考えながら、無言で店の引き戸を引くと、健士は中に入っていった。

「お料理 てらもと、ってお前んち

すっげーんだな」

キヨラのはしゃいだ声が背中で聞こえていた。

「あ、おかえり」

可乃子は顔を上げて無表情でそれだけ言った。額には汗がにじんでいる。

(お前のせいでうまい弁当、なくなった)

健士は可乃子の存在を腹立たしく感じる。

(飯の恨み・・)

「この、生、ビール、ってさ、すごい、

重いんやな」

健士がカウンターの中をのぞくと、

可乃子が生ビールの樽をディスペンサーに

つなごうと両手で持ち上げていた。

「セットの、仕方も、あんま、わからへん」

息も絶え絶え訴える。

「貸して」

健士はカバンをカウンターに置くと、

可乃子の手から樽を取り上げた。

「やっぱ力あるわ。高校男子」

可乃子はへへへと笑いながら、

頬に垂れたおくれ毛をなでつけた。

「だれ、この人、お前の彼女ぉ?」

そのしぐさに反応したキヨラが、ふざけた様子で言うと、

「なわけないやろ、こんなオバン」

と健士が思わずそう言った。

「オバンて、そりゃ悪かったな」

可乃子は別段気分を害した風でもなく

「生きてりゃ一年一年年取るわ。あんたらだっていつのまにかオジンじゃ。

ざまーみらせ」

と言った。

健士はそんな可乃子を完全無視で、

そのまま厨房に入っていったが、

その後ろからひょこひょこついてきた可乃子に向かって口を開いた。

「なんか作ってたんか」

「あー、うーん、なに作ったらええかわからんな、実際」

可乃子は首を傾げた。

健士はテーブルの上に放り出された、

落書きのようなお品書きをつまみあげた。

「枝豆、ピーナツ、チャンジャ、金山寺みそのっけきゅうり、クリームチーズのせリッツ、

なんこれ?これ料理ちゃうやんけ、

切っただけ、乗せただけ。

それにこのお品書き、なに。字汚ねぇし、

嘘くせぇな!」

「そういうの、よく居酒屋さんとかで出てくるやんか、今日のおすすめ!みたいなん」

「それとは全然ちゃうで」

「ほーか?」

「ぜんっぜん、ちゃう」

「でも今日から店開けろってまっちんに言われたから、とりあえず、な」

「とりあえずって、

こんなんじゃ店できへんやろ」

健士はそう言いながら「お料理 てらもと」の行く末にとてつもない不安を感じた。

こいつのせいで親父の店に傷がつく。

親父が一生懸命やってた大事な店やのに。

「大変ですよねぇ」

いつのまにか厨房へ入ってきたキヨラが言う。

「君、健士の友達なん?」

そのキヨラに可乃子が話しかけた。

「俺らバンドやってんすよ、いっしょに」

「へぇ。てらちゃんといっしょやん。

健士もバンドやってたんや」

「親父のことはいいっす、それから呼び捨て、やめてもらっていいすか」

健士は不安を振り払うように冷たく言い放った。

(でも親父、悪いけどやっぱり俺は店のことなんか知らんぞ。

こいつがどうなろうと知らんぞ。

絶対一緒になんかやらんからな)

(けどけど、親父の店が汚名・・・

あーもう。くそっ)

いろんな感情が心でせめぎあって苦しい。

その時、気まずい空気を蹴散らすように、

甲高い声でキヨラが言った。

「健士の親父もバンドやってたんすか?

こいつ、すごいんすよ、ギターもばりばりうまいし、曲も書けるし、詩だってエモーい]

「そうなんやー」可乃子はもう店のことはほったらかしで、

だらりとカウンターに腰を下ろしている。

開店までもう時間がないというのにいったいどうするつもりなのか。

「うるさいぞキヨラ、お前、もう帰れ」

健士はいらっとしてキヨラに言葉をぶつけた。

「飯食わしてけろ、おなか、すきました」

でもそんなことはおかまいなし。

キヨラはふざけてそう言うと

ぴょんと一回とび跳ねた。

 

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