その日は朝早くから、商店街の有志が集まり、
バンドコンテストの準備を進めていた。
地元商店街のイベントにしては、大がかりだ。
会場は駅前広場の特設ステージ。
オーディションも「スタア誕生」の催しの一環で、
オーディションの方が見ごたえあり!という説もある。
てらちゃんが亡くなってしまい、
まっちんのバンドの参加はもう叶わないと
事務局のみんなも残念がっていたが、
突然の参加申し込みに手を打って喜ぶ往来のファンが事務局内にもちらほら。
しかしメンバー表に目を通すと、事務局の古株がぎょっと目をむいた。
「これは、てらちゃんの息子やろ、こっちはまっちんの姉さんやろ、
この子は、17歳か。健士の友達かなんかやな。で・・・
この、可乃子ってのは」
「寺本可乃子ってのは、そのーやっぱりあの可乃子かの?」
「もうっ冗談みたいに言わんといてください、岩本さん。あの健士がちっこいとき出て言った嫁さんですよ」
「うっ、帰ってきたんか。どの面下げて!!!」
「一か月くらい前から、てらちゃんの店、やってますよ。
健士といっしょに。知らんかったんですか?」
「知らんかったなぁ」
「まあ、健士もひとりになってしまったし。親ですからね、一応。
ずっとどこにおったかは聞いてないですけど帰ってきてくれたほうが助かりますやん」
「うむ」
古株は苦虫をかみくだしたかのような顔でまだ何か言い足りなさそうだったが、あまりにもあっけらかんと若者に言い返されてしまったので、その後は黙ってしまった。
そのころ、オーディションにすべりこむために、
まっちんは可乃子を乗せて高速道路をぶっとばしていた。
キューちゃんは無事に実家に送り届けることができた。
オーディションの時間まであと一時間もない。
みんな、首を長くして待っているにちがいない。
「まっちん、ほんま助かった。ありがとう」
可乃子が言った。
「ええってええって」
まっちんが答える。
「キューちゃんひとりで置いてきて、大丈夫かな」
「見たやろ。おばさんとか、おじさんとか、たくさんの親戚がおって、
キューちゃんの肩を抱いたり、頭をなでたり。一緒に涙をぼろぼろこぼして。家族がおるやん。キューちゃんは一人ちゃう」
「あたしらの出る幕ちゃうか」
「一緒にこの車で連れて帰ってやったって悲しみからは逃げられへんやろ。
体だけ逃げたって無駄や」
「お母さんを亡くなってまでひとりにしたらあかんな」
「そうやな。人間は生きている時にちゃんと向き合ってへんと、
いなくなってしまってからいくら後悔してもとりかえしなんかつかへん」
まっちんはため息とともに言った。
「あんたのこと見てるで、あんたのこと考えてるで。
愛してるで、好きやでって、伝えられるときにちゃんと言っとかな、
すごい後悔する」
可乃子はつぶやいた。
まっちんはそんな可乃子の言葉を聞きながら、顔を前に向けたままでいた。
「そやな。」
可乃子は「それは身に染みてわかってんねん。あたし」と言った。
「だから、キューちゃんの気持ち、わかりすぎてつらい」
「俺はな、可乃子」
まっちんが一息飲みこんだあとに言う。
「どんなお前でも、いつでも見てるで」
可乃子は何も答えない。
「お前、何か言えや。恥ずかしいやろ。
こんなときでないと言えへんから言ったのに」
「んー、まっちんには感謝してるよ。心からな」
「んー。それだけ?」
「・・・言葉にできるのは、それだけや」
「ああほんま、はずかし」まっちんがハンドルに頭をがんがんとぶつけた。
「ちょっとちゃんと前見て運転してや。危ないやろ」
すぐに可乃子の檄が飛んだ。
「はあ。ではもう少し頑張って運転させていただきます」
まっちんはしおらしく言った。