感じる詩集『サンチョ・パンサの帰郷』
「思い出そうとしているのだ
なんという駅を出発してきたのかを・・・」
過酷なラーゲリ体験を経て帰国した詩人、石原吉郎の
『サンチョ・パンサの帰郷』。
この詩集は感覚で読んでほしい。
いや読むというよりも感じるというほうがしっくりくる。
私も最初はいつものくせで、理解しようとした。
けれどすぐにあきらめ、
この言葉の奔流にのまれることにした。
理解など無用。
これは感じる詩集なのだ、と悟り。
作者 石原 吉郎とは
作者 石原 吉郎(1915-1977)は静岡県生まれ。23歳で受洗し宣教師になるために退職。
その後宣教師になるために神学校に入学しようとしたが、
その直前に第二次世界大戦の軍事召集を受け、ハルピンへ送られる。
そこで敗戦を迎えたが、ソビエト軍の捕虜となりシベリアに抑留される。
24歳から30歳を軍人として過ごし、さらに38歳までシベリアに抑留されたのである。
昭和28年特赦により、日本に帰郷したのち、詩人となった。
経験していないのだ、私にわかるわけがない。けれど・・・感じる
作者はあとがきに書いている。
(※「サンチョ・パンサの帰郷」より引用)
「私にとって人間とは自由とはただシベリヤにしか存在しない」と。
「日のあけくれがじかに不条理である場所において
人間ははじめて自由に未来を思い描くことができる。」と。
不自由ゆえの精神のはばたき。
押し殺した叫びは爆発的な言葉となる。
その珠玉の言葉は爆ぜた小石のように次々と心に当たり、
まるで傷つけられたような痛みとその後の回復をもたらしてくれる。
ぜひこの詩集にちりばめられた言葉たちを感じてほしい。
ルールに縛られない自由詩の形で表現されているのは、至極自然なことだろう。
作者はほとばしる感情をおさえきれない。
作者は読者に語りかけたりしない。
自分の言いたいことを解き放ち、
読者はそれを浴びるのだ。
これは、そんな詩集である。