枝豆とカルピス 21

オリジナル小説

案の定、まっちんの返事はノーだった。

キヨラはカウンターに腰を下ろして

がっくりと頭を垂れた。

「な、だから言うたやん」

健士はコーラの瓶の栓を抜き、

キヨラの前に置いた。

ほろ酔い気分のまっちんだから、

もしかしたら首を縦に振るとでも思ったか。

ありえない。

まっちんの頑固さは

ちょっとやそっとでは揺るがない。

岩だ。

岩。

可乃子が口ぞえをしてくれるかもしれない

という期待もむなしく、

彼女は自分には関係のないことだと

知らん顔を決め込んでいる。

「可乃子さぁん」

キヨラが切なそうな顔をしても、

そんなことはお構いなしに

「お腹すいてるならなんか作ったげよか」

と言った。

「嬉しいっす。おにぎり食いたいっす」

落ち込んでも腹は減る。

そうだちょうど腹が減っていたのだ俺は。

とキヨラはリクエスト。

可乃子は「待っとりよ!」と腕まくりして

にゃはは、と、笑う。

その時、店の引き戸がひかれると、

ふらふらと信美が入ってきた。

「はぁあああー」

大きなため息をつきながら、

カウンターの一番端に

気が抜けたように腰を下ろした。

「かのちゃん、生ビールお願いします」

「どうしたんですかぁ、元気ないですね」

可乃子に続き

「ほんまや、姉ちゃん、どこ行ってたんや」

まっちんも心配そうに信美の顔を見る。

「あ、さっきの」

すぐ隣で顔を上げたキヨラが驚いたように声を上げた。

その大声にのろのろと顔を向けた信美も

びっくりしてキヨラの顔を指さした。

「さっきの!」

「なんやお前、

浅野さんのこと知ってるんか?」

健士も不思議そうに訊ねる。

「いやはや、いや、うん。まあ」

信美が言いにくそうに言葉を濁したものだから、キヨラはすぐさま飛び出しそうになった

言葉を飲み込んだ。

「で、なんで金髪君がここにいるんかな?」

「俺らダチなんすよ」

キヨラが健士に満面の笑みを向けて「なー」と言った。

「そうやったん」信美の顔がゆるんだ。

「まぁな」健士もつられて笑う。

まっちんに断られてへこんでいたのも

つかの間。

キヨラは元のテンションにあっという間に戻った。

ほんとこいつ打たれ強いヤツ。

「はい」と目の前に可乃子が出してくれた

ほかほかの塩むすびをほおばると

歓喜の声を上げる。

「うんまーい!最高!」

それから口をもごもご言わせながら、

信美に訴えるのだ。

「姉さん、聞いてくれます?

こちらの御仁に俺、バンドのベースをしてくれってお願いしたんですけれどね」

まっちんのことを目で指しながら言う。

「どうしてもできないって言うんすよ」

そこでコーラをぐいと飲む。

「バンド?ベース?」

「これに出たいらしくて。

健士とキヨラくん」

可乃子が差し出したチラシを受け取ると、

信美はキヨラとそれを交互に眺めた。

「そーなんすよ。出たいんすよ」

キヨラはおにぎりもう一個くれと可乃子に「一」と指を一本立てて合図する。

「俺はドラム、健士はギター」

「じゃ、あとはボーカルとベースと、

キーボード???」

「お、姉さん、わかってますやん」

「浅野さんもバンドやってたからね」

可乃子が言う。

「可乃子さんもじゃないですか」

キューちゃんが横から言ってくる。

「え、可乃子さんもやってたんすか?」

キヨラがそれに反応すると、

「すっごい歌うまいんやで、

可乃子の歌は特別級」

まっちんがつられて言った。

「あんた、なんでやらへんのよ」

信美がまっちんに向かって言うと、

信美には弱いのかまっちんは口ごもる。

「いや、だってこれはてらちゃんと

俺がいっつも一緒に出てたコンテストで・・・」

「そんなん知ってるわ、な、健士」

健士がこくこくと頷いている。

信美はまっちんの顔をじっと見つめて

言った。

「けどてらちゃんはおらへんやろ。もう」

まっちんの目にみるみる涙が浮かんできた。

それを見た信美の目も赤くなり・・・

「あたしら前に進まんとあかんのちゃう?」

信美は自分に言い聞かせるようにつぶやいた。

「かのちゃん、あんたボーカルやり。

あたし、キーボードするから」

「へ?」キヨラが口をあんぐりあけた。

「浅野さん、あたしがボーカルって、

それ?」

可乃子も納得いかない様子。

それでも心を決めた顔をして

「まっちんあんたはどうする」

と信美が訊いた。

「かのちゃん、あんた、いいよね、

やるよね」

「あ、いや、あー。どうでしょ。

商店街の人たち、私が出てどうでしょ?

審査の前段階で削除されそうですけど」

とつぶやいた。

「まっちんがあんたのことは守るって」

可乃子とまっちんの目が合うと、

まっちんは力強く頷き、

すぐ目をそらして恥ずかしがった。

「可乃子がやるんだったら」

まっちんのつぶやきをすぐにキヨラが拾う。

「やりますよねやりますよね、可乃子さん、バンドやりますよね」

「うーん」

可乃子は腕組みをして首を傾げている。

つと目を上げて健士の方を見ると、

健士の目は期待いっぱい溢れている。

(健士、いやじゃないんや)

可乃子は心臓がはねる。

(そんならあたし、

もう一回歌ってええんか)

「ババアのバンドになるんちゃう」

可乃子はへらへら笑って言った。

嬉しさがこみあげてきて顔が崩れた。

「ババアのバンドでもいいっすよ。

バババンドって名前にしよ。

ええんちゃう?ババアのバンド、

バババンド!」

「なんか映画でなかった?それ」

信美がおもちのように頬を膨らませる。

「言いたいことわかりますけど・・・

たぶんそれ違いますよぉ」

キューちゃんがくすくす笑う。

健士がキューちゃんを見つめ「かわいすぎ」と声を漏らして自分で驚く。

キューちゃんが振り向いて健士の方をじっと見た。

健士は瞳をそらさない。そらせない。

金縛り。

午後十一時。閉店の時間。

信美もまっちんも、キヨラも帰っていった。

にぎやかで嬉しい時は放物線を描きながら過ぎ、

今は鎮まり返った「お料理 てらもと」。

キューちゃんだけが店に残って可乃子のことを待っていた。

可乃子は健士とともにレジの前に立ち、

「さあ、いくで」と目を合わせた。

レジの精算キーを押す。

はてさて一日の売り上げはいかほどだろうか。

古いレジがカシャカシャカシャカシャと

印字を続ける。

二人の目はレジから生まれてくる

ロールペーパーにくぎ付けだ。

「ん」

「おりゃ」

「やった!」

ガッツポーズの健士。

可乃子が思わず抱きついた。

「うわなにすんねん」健士が身をよじって逃れると、

「いや、ごめんごめんー!」

可乃子は大声で笑いながら言った。

「今日の売り上げ目標達成や!

いけるいける!

あたしら食っていけるで、健士」

キューちゃんも思わず

「可乃子さん!やった!」と叫び、

こぶしをジャキっと振り上げた。

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