「もうすぐつく」
まっちんは会場がほど近くなると
健士に電話した。
「今、一個前のバンドがやってる。
もし無理やったら、出番遅らせてもらえるように俺、言うし」
そういう健士の声に、頼もしさすら感じる。
けれど、順番を変えるとなると、
健士は事務局の面々に可乃子のことをなにか聞かれるかもしれない。
まだ健士が可乃子のことを母と受け入れられないのは仕方がないことだ。
けれど、まっちんは、それを赤の他人に干渉されたくはなかった。
(もし間に合ったら、全員でステージに立てたら、
みんなが可乃子の歌を聞いたら、
今までのこと全部なんにもなかったかのように、
吸い込むように可乃子のことを受け入れてくれるような気がするんや。
健士の顔、見てほしい。可乃子の顔、見てほしい。
あいつらは始まったばっかり。堂々としててほしい。
ああ、俺が誰にもなんにも言わせるもんか。)
まっちんは「いけるいける。上がっといて、ステージ」
そう答えた。
「え、でもほんまに大丈夫?」
不安そうな健士の声に「大丈夫や!」
とまっちんは電話を切った。
「エントリーナンバー8、バババンド!!!」
ステージではMCが派手に声を張り上げた。
ステージの脇の道路に車を乗り捨てるようにして、
まっちんと可乃子はステージまで駆けた。
「間に合った!」
「おうよ!」
ステージに飛び上がり素早くベースを首から下げると、
すぐにまっちんはキヨラのドラムに連動し低音を刻み始める。
見ろ!!!この劇的な登場を!
まっちんは想像通りの演出に満足げにひとり頷く。
イントロが終わるころには、体勢を立て直し、
堂々たるスタイルで歌い始める可乃子。
「まっちん!まっちん!」
客席からは往来のまっちんのファンからの声援があがった。
その中には、目を輝かせたまっちんとてらちゃんの高校からの
バンドメンバーの顔もある。
「可乃子!可乃子!」
メンバーは可乃子の名も呼ぶ。
それはまるでてらちゃんを呼ぶのとおなじくらい気安く温かい。
可乃子の歌声が客席を包んでいく
客席の熱がぐんぐんと上がっていく。
ギターをかき鳴らす健士はやはりてらちゃんの息子だ。
肝が据わっている。
堂々たる演奏ぶり。
後ろからリズムでそれを支えるキヨラも、
上半身服脱ぎのありがちな裸スタイルだが、
放射線状に散った汗が後光のように
ステージライトに輝いた。
軽やかなタッチで信美のピアノが鳴り響くと、
すぐさま可乃子の声が呼応した。
ひとつひとつは不細工で
ところどころが欠けていて、
たったひとつじゃ誰一人
見向きもしないかもしれないけれど
合わさって音が
合わさって声が
合わさって息が
ひとつになって溶け合ってみんなの心にしみ込んでいった。