「いらっしゃませー」
可乃子の元気な声が「お料理 てらもと」に響く。
それに続いて健士が暖簾をくぐり入ってきた客に笑顔を見せる。
カウンターにはいつものようにまっちんと、それから信美。
信美の隣にはキヨラが行儀よく座って、
ときおり信美の横顔をみつめている。
信美は健士同様、最近はキヨラの世話も焼いている。
それがキヨラにはハマったようで、もう信美に首ったけと言った様子だ。
不思議な年の差カップルが生まれたようで
可乃子はとてもくすぐったい。
「俺、生ビールと、枝豆お願いします」
「じゃ、あたしも生で」
「キヨラくんはコーラ?」
「うい」
可乃子は手際よくドリンクを用意し始める。
もう手慣れたものだ。
そこへ店の引き戸が開かれて、顔をのぞかせたのはキューちゃんだ。
「こんばんは」
実家の残された畑で最近は農業をしている
キューちゃんは、健康的に日焼けしていた。
可乃子に向かってにっこりと笑うと
「可乃子さーん、会いたかったですよぉ」
と言った。
キューちゃんにドリンクを何にするかと訊ねると、
「可乃子さん、乾杯しましょうよ」と誘われた。
「お前、そっち、座ったら?」
健士がカウンターの空席に目をやると可乃子に言った。
「じゃあお言葉に甘えまして〜」
代わりにカウンターに入った健士が可乃子の言葉を待っている。
「カルピスお願いします」
「了解」
健士の入れてくれた、甘くて優しいカルピスだ。
可乃子はグラスを大事に手のひらで包んだ。
人はいったいなにに乾杯するのか
ずっと可乃子にはわからなかった。
でも今なら
少しわかるような気がするのだ。
さあ乾杯しよ
乾杯
(了)